|
安藤光雅画伯の文章の概略をを紹介したい。 日本経済新聞「明日への話題」H21年3月21日付夕刊より抜粋ー 井伏鱒二は「その頃交際を願っていた一番の老齢の人は 下部鉱泉に疎開していた三田村玄竜さん。」と書いている。(略) 三田村の筆名は「鳶魚」で、江戸時代の風俗史実の権威だった。 鱒二は森鴎外の史実小説の会話体について意見を聞きに行った らしい。 ここの地名”波高島”は、鱒二の『詫助』という作品で知った。(略) 以前、体調不良から、温泉に行くことを考えていた。 友人から「下部の冷泉が良い。」と話を聞き、和風平屋の温泉を 探した。 ネットで外観の写真が気に入り、電話番号だけを握りしめて 行った。 その他「さんざん道に迷いやっと探し当てた一軒宿。 とても家庭的で、気兼ねなく過ごせる良い鉱泉だ。」などとある。 「その時、鳶魚終焉の地と聞いたが、鱒二にも御縁が有ったとは 知らなかった。」こんな事も書いてあった。 安野画伯が気に入ったと言う不二ホテルの建物の一部。 この庭の奥、左手に三田村鳶魚の碑が有る。 井伏鱒二も、よく訪ねてきていたらしい。 勿論、建て替える前の、建物である。 建て替え前のここには、私もよく父と来ている。 枯れ池の中に、ホタルブクロが咲いていた。 通された部屋が偶然”ほたるぶくろの間”であった。 部屋には”ゆうすげ”や”りんどう”など優しい花の名前が付いている。 部屋の窓から見える庭。 1週間前に撮った皐月はまだ花が少なかった。 此方もまだちらほらと言った感じである。 1週間後の5月30日、もうこんなに沢山の花が開いていた。 ピンクの花も大分咲き始めている。 ピンク系の皐月は、玄関前の庭に多い。 大切に保管していた三田村鳶魚の遺稿。 姪御さんの勧めで、散逸しないうちにと早稲田大学に寄贈された。 早稲田大学総長よりの感謝状である。 感謝状の文字の上に何か見えるか注目してほしい。 高野弥生さんは、物静かで素朴な感じの女あるじである。 紙面、感謝状の文字の上に、早稲田大学創立者大隈重信像 が浮き彫りされている。賛助員記の上も同様である。 満開の真ん丸皐月。 不二ホテルの電話番号は0556−36−0219 宿泊も、日帰りも、時間入浴もできます。 お問い合わせのうえ是非行ってみて下さい。 効能の顕著さなど素晴らしいものが有ります。 次回にそれらを紹介します。 |
| << 前記事(2009/05/27) | トップへ | 後記事(2009/06/05)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
S子さん、元気そぉ〜〜〜♪♪♪ |
さよちん 2009/06/02 17:39 |
さよちん |
S子 2009/06/02 18:27 |
こんな有名人の宿泊されたホテルに、 |
カメさん 2009/06/02 20:35 |
カメさん父に連れられて行ったのは事実ですが、そんな有名人が泊まっていたなんて、最近まで知りませんでした。逢ってみたかったですね。 |
S子 2009/06/02 22:05 |
おちついたたたずまいの庭の雰囲気がいいですね。サツキも手入れ良く刈り込まれ、花が沢山咲いていますね。 |
なおさん 2009/06/02 22:12 |
なおさん |
S子 2009/06/02 23:45 |
|
dragon pearl 2009/06/03 14:13 |
S子さん、こんにちは |
kirari 2009/06/03 15:35 |
dragon pearlさん |
S子 2009/06/03 16:03 |
お〜S子さん、見えたよ〜 |
環ちゃん 2009/06/03 21:56 |
こんばんは。 |
のろばあさん 2009/06/03 22:16 |
おはようございます。 |
いつもばらいろ 2009/06/04 09:31 |
環ちゃん |
S子 2009/06/04 09:44 |
のろばあさん |
S子 2009/06/04 09:50 |
いつもばらいろさん |
S子 2009/06/04 10:00 |
kirariさん |
S子 2009/06/04 10:30 |
きれいなお庭ですね。 |
庭花 2009/06/04 11:31 |
庭花さん |
S子 2009/06/04 16:57 |
| << 前記事(2009/05/27) | トップへ | 後記事(2009/06/05)>> |