aged stone

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 南国土佐を後にして〜〜♪

<<   作成日時 : 2008/08/03 22:56   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 38



私は時々切花を買う。その時の思いで花を選ぶのであるが、白い百合を買うことが結構多い。
百合の花持ちが良いというのも理由の一つになっている。




今回は、亡母の誕生日だったから白百合と冴えたブルーの竜胆を選んだ。
 画像 





さえた藍色の竜胆の花。
画像





画像




花を抱えながら、ペギー葉山の『南国土佐を後にして』を思い出していた。
父亡き後、田舎の家を守っていた母の楽しみは、テレビだったのかもしれない。『星影のワルツ』や『南国土佐を後にして』など好きだったようだ。特にペギー葉山がお気に入りで、この南国土佐をいつも独りで口ずさんでいたようである。


この夏、「サウンド・オブ・ミュージック」の公演があって、修道院長役でペギーの特別出演が決まった。お盆の16日なので,来客があって出かけることが出来ないが、母がいたらどんなことをしても見せてやりたいなどと思った。

南国土佐を 後にして

都へ来てから 幾歳ぞ

思い出します 故郷の友が

門出に歌った よさこい節を



母が惹かれたのは何処なのだろうか?ペギーの声なのかもしれない。それとも故郷を後にして嫁いできた自身の心を重ね合わせていたのだろうか?時々思い出しては考えてみる。


母が入院して2年余り、毎日母の元へ通った。そして時々母の好きな歌のいくつかを一緒に歌った。いよいよ今夜が峠と言われる時が来て、母の枕元で妹と泣きながら歌ったこの歌。幾ら呼びかけても、もう母は歌わなかった。




公園に隣接する稲積神社の参道脇に、小さな田圃がある。お田植えや稲刈りなど神事に則ってなされるのに違いないのに、いまだ見たことが無い。もう十年余り公園へ通っているのに、田圃の存在に気がつかなかった。


故郷の青い稲田??を思わせるような〜〜
実際は十坪にも満たないような御神田である。
画像






稲積神社の参道脇の小さな田圃。
御神田の石柱。回りに注連縄が張り巡らされている。
画像
そういえば病み伏すようになってからの母は、毎日生まれ故郷の話をしていた。
母の魂が遊ぶ場所は何十年過ごした嫁ぎ先ではなく、生まれ故郷であったようだった。







設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(38件)

内 容 ニックネーム/日時
この時間、普段の私は睡眠中です
全英オープンを見たさに、なすこともなく、パソコンを開きました。

故郷はいつまでたっても、心の中では変わらない。
目の前の景色が残像と重なったりして
同じ景色を見ると、ほっとして心が休まります。
日本中、あまりに変わりすぎたようですね。
故郷は母と同じで変わらずいてほしいです



nore
2008/08/03 23:21
8月に入って、お盆がやってきますね。
今日は地区のお宮さんの盆掃除がありました。
朝から暑い日で、汗グッショリでした。

7日には宗派のお寺で「盆施餓鬼」が勤まります。
三代将軍・家光が長逗留したという寺で、「三つ葉葵」を寺紋にする格式で、檀家が多いので、前日の夜にお逮夜2座、7日は4座あり、1回120名前後ずつが、希望する時間に申し込み、お参りしています。
お寺さんも、最近は本堂で全員が腰掛てお参りする事ができるように、時代に合せた改善が数年前になされ、長い施餓鬼供養のお経を、座らずにお参りできます。
毎年この「先祖代々供養」にお参りしています。

15日の精霊送りには、夕方5時から「諷経」の後、送り火が点火されます。
地区のお宮さんでは、夜7時から拝殿や境内一杯に提灯が灯されてお参りします。

こうした「お盆行事」が、毎年毎年続けられてきました。

暑さの厳しい毎日ですね。
お元気にお過ごし下さい。
俳写日本美
2008/08/04 00:32
お母さんは二人の娘さんに看取られ、幸せな最期でしたね?
人間も帰巣本能が有り、最後は自身の生まれ育った地に帰りたくなるみたいですね?
 私は幼少期に母を亡くしましたので思い出は余り有りません。
 瞼を閉じると病床に伏せて居た姿がおぼろげに思い出されるだけです。
愛ちゃん
2008/08/04 06:33
S子さん、おはよう。母って言うのはいつまで経っても母のまま。どんなにボケちゃってても気強かった母しか思い出さない私だよ。今日から土曜日まで休みなし!
もうすぐ夏休みだから頑張んなきゃ!
今日も暑いのかな。やだなあ〜。そう言えばさよぴが今度の民謡大会で唄うのは「よさこい鳴門おどり」って言う民謡で間に「土佐の高知のはりまやばしで坊さんかんざし買いよった」って歌詞が入ったりして調子のいい歌なの。上手に唄えるんだよ。
さよちん
2008/08/04 06:58
S子さんへ

南国土佐を後にして・・随分ヒットしましたね。
ペギーさんも好きだしご主人の根上淳さんも大好きでした。お母様はこの歌を歌って望郷の念に駆られたのでしょうか。あるいは古里の父母、幼友達を思い出しておられたのかもしれませんね。昔の歌には情景が浮かんできますが、今の歌はさっぱり分りません。
カメさん
2008/08/04 07:05
>毎日母の元へ通った。
>そして時々母の好きな歌のいくつかを一緒に歌った。
情景を想像して胸が熱くなります。妹さんお二人で泣きながら歌った歌。歌うことはできなくても、お母様の心に届いていたと思います。
湖のほとりから・・・
2008/08/04 08:00
S子さん、「南国土佐を後にして・・」良い歌ですよね。私も好きです。この歌に出てくる「よさこい節」ですが、最近全国あっちこっちで「よさこい踊り」というのが蔓延してきていますね。和歌山でも今月の盆には盛大に行われます。不思議に思っているのですが。
彦左
2008/08/04 08:33
S子さん、おはようございます。
「南国土佐を後にして」
お母様が、大好きだった歌なのですね。
懐かしの、歌番組などで聴きますが
ペギー葉山の声と、この歌が合ってて
いい歌ですね。
歳がいくと、みんな自分の生まれ育った故郷が
恋しくなるんでしょうね。
私の母も高齢で、歩行が困難な状態だけれど
自分の実家に行きたいと、時々言っているようです。
>母が入院して2年余り、毎日母の元へ通った。
S子さんは、本当に親孝行されましたね。
私は、ちょっと離れているので
たまーにしか、会いに行けません。
でも、姉たちが近くにいて
毎日、行ってあげてるようなので
ちょっと、安心しています。
kirari
2008/08/04 09:47
noreさん
有り難う〜〜♪
このことをブログに書きながら、またコメントを読ませていながら涙が零れてきます。
いつも独りで思い出しては、誰に喋ることもなかったのですが、ペギー葉山が来ると聞いたので、つい書いてしまいました。
母の脳裏には、子供のときの故郷の風景が焼き付いていたのだと思います。
S子
2008/08/04 09:54
俳写日本美さん
いよいよお盆の月に入りましたね。
母の生まれたのは7月で、少し旧聞になってしまいましたが・・・お盆前後にはお寺でも故郷の村でもいろんな行事が有りました。今は受け継がれていないものも沢山有るようです。年々故郷も遠くなって淋しい気がします。
そちらのお寺は随分格式が高いようですね。私のお寺の施餓鬼会も、毎年行われます。
何かと忙しい日日、お体お大事に頑張ってください。
S子
2008/08/04 10:03
オハヨウです
S子さんのお母様への想い・・
よくわかります
私の母も今はいませんが、よく故郷の話をしておりました
幾つになっても、故郷はそれなりの思いのある場所なんでしょうね
ペギー葉山さん、今もお元気で、ミュージカルにも出ておられるんですね
サウンド・オブ・ミュージックが映画で見ました
ペギー葉山さんなら、はまり役かもしれませんね・・
風子
2008/08/04 10:06
愛ちゃん
お母様の思い出、小さいながらも覚えているんですね。
幾つになっても忘れられませんよね。
母も割合早く、両親を亡くしていますがやはり両親と過ごした故郷が一番心に残っていたのでしょうか?私の魂が帰る場所、やはり父母や兄弟と過ごした生まれ故郷なのかしら??
S子
2008/08/04 10:08
さよちん
少しは元気取り戻せた?今日はお仕事なの??一週間、身体に気をつけて頑張ってね。
さよちんを大切に育ててくれた素敵なお母さん、いつも聞かせてもらったよね。誰しもそんな母親を思い出しては、頑張れるんですよね。
さよちゃん、はりまや橋を歌うんだね〜〜♪その時は絶対に聞かせてね。
S子
2008/08/04 10:15
カメさん
ペギーさんも好きだしご主人の根上淳さんも・・・本当に根上淳も、渋い素敵な俳優さんでしたね。
そのお父さんのバイオリン奏者森乙山さんが、山梨大で教えていたと言うご縁も有るみたいです。観に行きたいんですけれどね。
S子
2008/08/04 10:19
今は亡きお母様の誕生日でしたか・・・
最後に妹さんと歌われた歌は、しっかりとお母様に届いたと思います。悲しい夜でしたね。
お母様の魂は、生まれ故郷で安らかな時を過ごしている事でしょう。
庭花
2008/08/04 11:20
今日は、S子さん、お元気ですか。わたしの母親代わりだった祖母は、南国土佐の高知県。そこで生まれ育ち亡くなったのも、高知県でした。月の名所の桂浜は、祖母が特に気に入っていた渚。
 昨日近くのスーパーへ寄ったときに、花屋を覗いたんですよ。白百合の切り花が、沢山ありました。中に山百合が五、六本。香りが何とも言えないほどいいですねぇ。祖母の里には、いつも山百合が咲いていたし、オニ百合も花園を作っていました。S子さんのお母さんは、もしかして故郷に咲き乱れる花を、思っていたのかも知れませんよ。故郷の花は、いつでも美しいものですから。歌を一首詠いたいと思います。
 ・・あの花が咲いていたのは、古里の懐かしい家懐かしい山・・・ヒカルでした。
Donatadeshoka
2008/08/04 17:27
湖のほとりからさん
今晩は〜〜♪
物凄い雷雨で、停電になってしまいました。
まだ降っていますが、電気がつきました。
PCもややこしくなっていて、やっとプロバイダーに通じました。
きっと母も一緒に歌っていたかもしれません。有り難う御座いました。
S子
2008/08/04 19:07
彦左さん
南国土佐の歌、いい歌ですよね。
その中に出てくる、「よさこい節」聞いてみたいです。
皆さんに好かれる素敵な歌なんですね。
S子
2008/08/04 19:11
kirariさん
お母様がご健在とは羨ましいです。
離れていると、心に有りながら思うようになりませんよね。お近くにおいでのお姉さまのご訪問に、満足なされていらっしゃることでしょう。
私も母が元気な頃は、子育てに夢中で思うように出来ませんしたが、晩年の3年ほどを看る事が出来て幸せでした。
S子
2008/08/04 19:17
風子さん
サウンド・オブ・ミュージックは、ペギー葉山がすごく感動して、ドレミの歌の訳詩も自分で手がけたみたいですね。甲府講演で、子供たちと歌うのを聞きたいですが。。
お母様も、故郷のお話をされていましたか。こどもの頃、両親と過ごしたふるさとが一番懐かしいのでしょうか?
S子
2008/08/04 19:33
庭花さん
コメント有り難う御座いました。
母の誕生日は7月×日なのですが、少し時間差が出てしまいました。怠けていて、UPが遅くなりました。(笑)御免なさい。
母の両親も割合に早くなくなり、それほど故郷恋しとも思えませんでしたがいよいよとなると故郷が恋しいものなのですね。
S子
2008/08/04 19:46
Donatadeshokaさん
祖母様は、南国土佐の高知県のお生まれ?Donatadeshokaさんも高知で大きくなられたと言うことですね。
残念ながら、私はまだ四国へ行ったことがありません。
お話を聞いて、歌の中にも出てくる桂浜へ行って見たくなりました。母を思いながらの一人旅も、悪くはないなと考えました。
いつも短歌を有り難う御座います。そういえば故郷の庭にも山百合が沢山咲きました。
S子
2008/08/04 19:53
「南国土佐を後にして」ペギーさんの迫力有る
声も好きですし、ご主人の根上淳さんも楽しい方ですね。映画も見に行った記憶有ります。
サウンド・オブ・ミュージックにペギー葉山
さんが出演されるんですか?見てみたいねー
ドレミの歌も好きで時々口ずさんでいます。
この歌にお母さまの思いが寄せられて
いるんですね。純白のカサブランカ素敵ですね。
清楚な感じでお盆も近い事墓前に白いゆり
お供えして南国土佐の歌を聞かせて
あげましょうよ!
ぶたねこ
2008/08/04 21:06
ぶたねこさん
有り難う〜〜♪
サウンド・オブ・ミュージックの甲府公園があるんですよ。その時ペギー葉山が特別出演するんですって。ドレミの歌を歌うんです。
考えれば根上淳も疾うにこの世にいなくて、母もとっくに世を去って・・・・生者必滅会者定離をしみじみ思います。
S子
2008/08/04 21:26
こんばんは。
ペギー葉山さんのこの歌は大好きです♪
声も個性的でいいですよね。
お母様の思い出を話されているのをお聞きしますとどうしても胸が熱くなります。私は母と未だに一緒に過ごせていて有難さが実感なく・・・つい、ぶつぶつ言いたくなります^^。罰当たりですよね!
お母様もそのお母様の事を思い出されていたのではないでしょうか。幾つになっても母は「母」です。
7日には少し早いですが父のお盆のお参りにお坊さんが来てくださるので、ご仏壇のお花を買って来ました。長持ちするようにと高野槇とこの白いユリと紫のリンドウと夏菊を買いました^^。
来年は父の13回忌です。母も元気で迎えられるかしらと気になっています♪
のろばさん
2008/08/04 22:02
のろばあさん
今晩は〜〜☆
こちらは夕方から、物凄い雷雨でした。
全県下停電が長く続きました。
電車も全面ストップでした。
これだけのことでも、マゴマゴするのですから、大きな災害が有ったらどうするんでしょうね。
本当に幾つになっても親は有り難いですね。
のろばあさんはお幸せって、いつも羨ましく思っています。来年?お母様お元気で、もっともっと長生きしてくださることと思います。
S子
2008/08/04 22:15
s子さん こんばんは^^  お母様の思い出胸が熱くなるお話ですね・・ 私は高知県で生まれました。。
まだ子供の頃ペギー葉山さんが歌った「南国土佐を後にして」大流行しましたね。。 父が良く歌っていました
京都の良さとは違った良さが高知にはあります。。おおらかで明るい・・イメージどうりの土地です。 お母様はその歌がお好きだったのですね〜 惹かれる何かがあったのでしょうか・・☆
マックママ
2008/08/04 23:14
亡きお母さんのお誕生日ですか。
今もしっかり親孝行をなさっておられるS子さん、素敵です。白い百合の香りが亡きお母さんの所へ届いているかもしれないですね。
故郷ですか。
私は生まれも育ちも今いるここですから、故郷という物が有りませんが、ずっといても良いものです。
きっと離れた人にとってはもっと良い物に感じるのでしょうね。
ビオラ
2008/08/05 01:06
マックママさん
ママさんも、高知県のお生まれですか?
ブログメートのDonatadeshokaさんのおばあ様も高知ですって〜〜温暖で、海の幸山の幸が豊富な所ですよね。人々の心もおおらかで豊かで温かいのでしょうね。名所桂浜など、一度訪ねてみたいです。
母は、何処に惹かれたのかも聞いていませんが、皆様のお話を聞きながら今あれこれ想像をめぐらせています。
S子
2008/08/05 12:22
ビオラさん
生まれ故郷にずっと生活しているって、幸せなことに思います。子供のときから大事にして頂いた近所のおばさんたち、何もかも知っていてくださって・・・私は、そんな人たちも、肉親もいなくなった故郷へたまに行きますが、風景さえも、昔なじんだ富士川の流れさえも変わっていて淋しい思いをしています。
むしろ、室生犀星の「故郷は遠くにありて思うもの・・・」の感を深くしているのですが。
S子
2008/08/05 12:29
こんにちは。
人間最後は生まれ育った故郷へ帰るのだと思います。そこが一番良かった場所なのでしょう。いつか僕にもそのときが訪れます。懐かしい風景の中で遊びながら旅立てるのであれば最高に幸せだと思います。
はーとらんど
2008/08/05 15:57
はーとらんどさん
コメント有り難う御座います。
うまれ育った故郷〜〜懐かしい風景は何時でも記憶の中に残っていますよね。一番安らぐ場所かもしれませんね。
S子
2008/08/05 16:14
お母様『星影のワルツ』や『南国土佐を後にして』などの歌がお好きだったようですね。
時代がもっと前になるのかも知れません。母が歌を歌ってる事など聞いたことありません。生活が一杯一杯だったのでしょう。老いて胃腸科に入院し麻酔が4日ほど覚めず覚めたときは痴呆症になって何も解らない状態でした。其れからは壮絶な毎日でした。(~_~;)
ミルちゃん
2008/08/05 19:21
ミルちゃん
ミルちゃんのお母様、大変だったのですね。胃腸科で葉手術をなさったのですか?昔はそういう事故が多かったのでしょうか?お気の毒なことでしたね。
母も胃腸が弱かったのですが、手術をすることなく、長い間薬を飲んでいました。母の母親の実家の医者がお気に入りでした。
ミルちゃん見てあげたのですね。きっと感謝していますよ。
S子
2008/08/05 22:12
はい手術をしました。
三重県四日市の専門病院でした。
私は結婚して奈良に来ていましたので
妹が時々見てくれていました。
完全看護で家政婦さんが就いて
たようですが、退院の時に
知ったのですがベッドの下から
薬がどっさり出てきたそうです。
飲ませてくれてなかったのですね。
ミルちゃん
2008/08/06 00:34
S子さん♪
おはようございます。(*^_^*)
お母様はS子さんのような優しい娘さんを持って
お幸せでしたね。ユリの花私も大好きです。
もうすぐお盆です。来週は私もご先祖様のお墓参りに
行きます。ペギー葉山さんのファンだったんですね。
「南国・・・」良い歌ですものね。♪
ソナチネ
2008/08/06 07:39
ミルちゃん酷い病院と言うか、家政婦さんもあったものですね。お母様、本当にお気の毒なことでしたね。
母の場合は、完全看護と言う言葉が出る前だったのでしょうか?私も母に付き添って、朝ごはん前から夕ご飯が済んで、食後の薬を飲ませてから帰りました。夜の付き添いさんをお願いしたのですが、看護婦さんが夜は見てあげますからと言ってくださいました。静かに寝ている病人でしたが、個室にお願いしました。
その頃から考えると、病院も随分変わってきましたね。
S子
2008/08/06 09:39
ソナチネちゃん
もうお盆さんですね。
今年は暑くてお墓参りも大変ですね。
それは私の事・・元気で生かしてもらってるのに、罰が当たりますね。(反省!)
私は音痴なのに、母方の叔父たちは長唄やら小唄をやったんですって、だから母も歌うことが好きだったのかも??聞いたことはありませんが、よく口ずさんでいたようです。
S子
2008/08/06 09:48

コメントする help

ニックネーム
本 文

PING送信プラス by SEO対策

Yahoo!ボットチェッカー MSNボットチェッカー Googleボットチェッカー